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ビールにはタン塩が、ご飯にはハラミがなきゃ絶対ダメなんです(笑)
日本を代表する槍投げの選手を経て、トップモデルに。
俳優に転身後は、ワイルドな風貌と、人間味あふれる演技で人気の照英さん。
期待通りの焼肉ファン。本誌の愛読者であることもわかり、話が弾みました。
華麗なキャリアや、将来の夢についてたっぷり聞きました。
焼肉屋さんは勉強熱心ですね
――初めまして。今日はいろいろ、聞かせてください。
照英 よろしくお願いします!『月刊やきにく』って、京都でも出てますよね?
『水戸黄門』の撮影で京都にいる間、よく行くお店に置いてあるんですよ、サウナと焼肉が一緒になってるところ。
――『大将軍』ですか?
照英 そうそう!『大将軍』でいつも見てます。これ読むと、焼肉業界の人ってすごく勉強熱心なんだとか、いろんな人たちが焼肉を支えてるんだって、わかりますよね。
――うれしいです!『大将軍』へはよくおいでなるんですか。
照英 あそこはサウナの待合室で、バスローブ着たまま焼肉を食べられるんですよ。好きなんです、リラックスできて。
フロントで「照英さん、荷物、お預かりしておきます」とかね、接客もすごくいいんです。社長さんによろしくお伝えください(笑)。
スポーツが教えてくれたこと
――小さい時から元気な男の子でしたか。
照英 じつは引っ込み思案だったんですよ、いつもお姉ちゃんの後ろにくっついて、女の子にまじって、おままごとや、着せ替え人形で遊んでました(笑)。
男の仲間ができたのは、小学校2年生で少年野球に出合ってから。それからはもう、ドブ川でザリガニ捕まえたり、田んぼでゲンゴロウ捕まえたり。
やっぱり野球をやってから変わりましたね。特にキャプテンを任されてからは、自分が引っ込み思案だと、みんなも消極的になっちゃうから、「俺がやるから見とけ」って性格になっていったんです。
スポーツを通じて得たものは大きいですよ。努力し続ければ結果を勝ち取ることができるとか、一つ秀でるものがあれば、必ず人は称賛してくれるということも教えてくれた。
親は勉強させようとして塾に入れてくれましたけど、全くできなかったですね。スポーツで結果出せば大学だって行けるんだからって。親の期待とは逆の人生を歩んできました(笑)。
――大学時代には、槍投げで日本を代表する選手として活躍されましたね。
照英 高校1年生の時に「棒を投げればいい」という簡単な考えで始めたんですけど、やってみたら大間違いで。
というのは、あの槍は意外に軽いんですよ。ステンレス製で800グラム、野球のボールくらい。軽いものを遠くに飛ばす技術って、紙ヒコーキを15メートル、20メートル、飛ばすのと似た原理で、すごく難しい。
力任せじゃダメで、風を利用したり、指をひっかける角度で軌道を変えたりして、すごく繊細な競技なんです。だからこそ夢中になって、やめられなくなったんでしょうね。
トップモデルから俳優へ
――大学卒業後は一転、モデルに。実業団で競技を続ける気はなかったんですか。
照英 いくつか声かけてくれた企業があったんですけど、本当にスポーツ支援が企業文化として根づいてる会社でないと、不況になったり、引退したら、必ず解雇の不安がつきまといます。
だったら自分は、この筋肉と風貌で勝負できる道を探そうと思ったんです。
――学生時代からお洒落だったんですか。
照英 ファッション誌を読んで「こんな仕事したいな」とは思ってましたけど、着るものは毎日、ジャージ(笑)。
でもね、洋服をきれいに着るには肩と胸板が必要なんです。当時のファッション誌の日本人モデルの流行はみんな細かったので「俺みたいなごっついモデルがいてもいいんじゃないかな?」と思って。
いくつか面接を受けたら、一社だけ「外人のモデルと共演したら勝負できる」と言ってくれて。
日本人モデルにはいない、筋骨隆々のタイプだったから珍しがられて、いろんなブランドのショーに出るチャンスをいただきました。
だけど、当時はよく「もっとフェロモン出しなさい」と言われました。ファッション誌には、バーで女の子と語らってるような、洒落たシチュエーションの写真が必要なのに、自分の場合、男同士の飲み会で「カンパーイ!」っていうイメージだから(笑)。
――98年には俳優デビュー。モデルとは別のやりがいを感じますか。
照英 戦隊ヒーローものでデビューしたんですけど、当時、いろいろお手紙をいただいて、「照英さんのお芝居には心が温まります」とかね、モデル時代には言われたことがないことが書いてあった。
モデルの仕事は華やかだけど、主役は洋服です。でも、俳優の仕事は、自分の言葉に泣いてくれる、笑ってくれる人たちがいる。照英っていう一人の人間を尊重してくれるファンもいるんだと思ったら、やめられなくなっちゃいました。
――『水戸黄門』では、心優しく怪力の忍者「風の鬼若」を好演中。ほかにも漁師や武士など、ワイルドな役が多いですね。
照英 野性的な感じを評価してもらえてのことだと思うので、うれしいですね。
今は、女の子と恋愛する役よりも、荒々しい、重みのある役作りを追求したいんです。
それから旅がすごく好きなんで、世界中にドキュメンタリー番組で行かしてもらってるんですけど、旅というジャンルも突き詰めていきたいなと思います。
いま『ベリーベリーサタデー!』(関西テレビ系)という番組で、日本中の美味しい食材と料理を紹介しているんですよ。
この間は、もずくを採りに沖縄の海に潜ったんですけど、すごく深いところに生えていて、5メートルくらい余裕であったなあ、それを素潜りで採ったんです。
――岩に生えてるんですか?
照英 海底に網を張って、その網に生やして人工栽培してました。それをホースで吸引して収穫するんです。
時にはそういう過酷な撮影もありますが(笑)、自分たちの食べてるものが、どんな土地で、どんな人たちが作ってるのかってことを伝えたいと思いながらやってます。
もっと日本を知らなきゃいけないし、世界を知らなきゃいけないし、それを自分たちは画面を通じて伝える義務があると思うんで。
――ジャーナリスティックな視点を持った俳優さんに?
照英 なりたいですね。書いたり、写真を撮ったりもしたいですし、今はがむしゃらに何でもやりたい。
40代、50代には、自分の言葉で語れる人間になっていたいと思います。
帰郷したら必ず焼肉
――焼肉にまつわる思い出はありますか。
照英 地元の埼玉県鴻巣市に『朝鮮飯店』という焼肉屋さんがあって、子どもの時、入学式とか、卒業式とかの「ここぞ!」という日に親が連れてってくれました。
もう、大ごちそうでしたよ。親が焼いて皿にのせてくれるまで手を出せなかったです。自分で焼くなんて畏れ多くて、できなかった(笑)。
両親が、ごほうびとか、お祝いの日に連れてってくれた思い出深い焼肉屋だから、今も、実家に帰ったら家族で『朝鮮飯店』に行くのがお約束なんです。
赤とグリーンの看板で、店内に瀧みたいなのが流れてて、あの頃と変わってない。そこがいいんです。童心にかえれる。
――オーダー順は決めていますか。
照英 まずビールでしょ、タン塩。すぐさま大好きなハラミ、と同時に白メシ。
こだわってるのは、ビールにはタン塩を合わせて、ご飯にはハラミが絶対なきゃダメですね。それは外せない。
最初にビールを「ガバッ、美味しい!」。で、ハラミとメシをガンガン食べて、落ち着いてから、あらためて「乾杯」。そしてロース、カルビ、ミノとか好き好きに頼む。そういうのが好きですね。
でも、いちばん好きなのは上手な人に焼いてもらうこと(笑)。
――では、焼肉奉行タイプではない?
照英 ない。どんな焼き方でも食べるから(笑)。
――どこまでも男らしいですね。今日はありがとうございました。
俳優 照英さん
しょうえい 1974年埼玉県生まれ。高校・大学時代は槍投げ選手として活躍。東海大学体育学部を卒業後、モデルに。ジョルジオ・アルマーニなどのコレクションに出演。98年『星獣戦隊ギンガマン』で俳優デビュー。02年NHK連続テレビ小説『まんてん』、04年大河ドラマ『新選組!』などで好演。放送中のTBS系『水戸黄門』レギュラー出演中。
東海大学在学中には93年関東学生選手権大会優勝、96年広島国体準優勝、96年度全日本ランキング3位と大活躍した。
写真提供/月刊陸上競技
関西テレビ・フジテレビ系全国ネット
『ベリーベリーサタデー!』
毎週土曜 朝8:30〜9:55放送中
照英さんは「産地直伝レポーター」として隔週で登場。旬の食材を使った、その産地ならではの美味しい食べ方を探して日本中を巡り、紹介している。
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